75代年間方針『成長』

 

日本オートルート 2007/5/4-6

山スキー

 

期間  2007年5月4日-5月6日
山域  北アルプス(立山連峰)
メンバー  L廣光 酒井

 


 

 ジャパニーズオートルート。それは日本の山スキーヤー達の中で、特別な響きを持つルートである。そもそもオートルート(la haute route、 高き道)とは、アルプスの最高峰『モンブラン』の山麓シャモニから、アルプスのピラミッド『マッターホルン』の山麓ツェルマットに至る山岳路のことであり、春のスキーシーズンに山スキーを駆使して走破される。北アルプスの立山をモンブラン、槍ヶ岳をマッターホルンに見立てた、いわゆる日本版のオートルートは、エスケープの限られた超ロングルートであり、高度の体力・技術(含スキー)が要求される。

  今回は1シーズンの積雪期を終えたばかりの2年と二人で、三泊四日の行程で挑戦することにした。このルートは早くても三日かかり、エスケープは北ノ俣から飛越トンネルへ向かう神岡新道しかない。できれば予備が二つは欲しいのだが、大型連休前半は南東北に遠征し、三日は個人的な予定、七日からは大学の授業ということで、予備なしの少々苦しい計画となった。当然、気象条件が悪ければ、撤退の可能性は高くなる。それは承知の上での、タイトな計画。天気予報は5~7日は曇り時々雨。前半でどれだけ進めるかが勝負になりそうだ。

 


 

 5月3日23時15分、新宿駅西口集合。ここからムーンライト信州に乗り込み信濃大町を目指す。大型連休の後半ということで、ホームには北アルプスへ向かう沢山の登山客の姿を見受けることができる。天気は今日と明日の二日間が移動性高気圧による快晴ということで、さっそくチャンスを逸脱したような気分。ネットで調べると焼山での春合宿に入山前・後でニアミスした某凄腕山スキーヤー二人組の方々もオートルートに入っているようであるが、やはり常識を逸脱した行程なのだろう・・・。おそらくトレースがあるのは間違いないだろうなどと考えながら、日付が変わる直前頃に北アルプスへと出発。

 


 

 5/4
8:37 室堂 – 9:20 一ノ越 – 11:30 ザラ峠 – 12:30 五色ケ原ヒュッテ – 14:00 越中沢乗越 – 14:23 越中沢岳手前(標高2400m)C1
 5:30頃に信濃大町着。さっそく駅内でアルペンルートの券が販売されている。7030円を泣く泣く財布から駅員に渡し、バスに乗り込む。扇沢のトロリーバス乗場では、アルペンルート5000万人突破記念ということで、切符Noによる抽選会が行われていた。残念ながらハズれたが、軽量化を追求した装備である以上、何か貰っても逆に困る。そして黒部ダムを歩き、ケーブルカー、ロー プウェイ、トロリーバスと乗り継ぎ、いよいよ室堂着。そこら中、溢れんばかりの観光客とスキーヤー。しかし相変わらず立山を臨む室堂平の景色は素晴らしい。

  まずは、大勢のスキーヤーの合間を縫いながら一ノ越へ。おそらくほとんどが雄山登頂目的なのだろう。右手には浄土山方面へ向かうパーティーも見られる。 小屋の手前は凍った急斜面で、山岳会パーティーらしき人達がずるずる滑り落ちている。予報通り天気は良いのだが、一ノ越のコルでは風が猛烈に強く、なかなか厳しい。ここで、シールを外し、まずは二年前にも滑った御山谷の滑降。サンクラストした斜面は、あまり快適ではないが、ここは龍王岳を巻くのが主目的であり、すぐにトラバース滑降開始。

黒部ダム鬼岳への登り
 鬼岳コルへの登り返しは、シートラ・アイピンにチェンジ。今回はスキーを背負うシートラの回数も多いということで、「スキー滑降⇔シートラ」の装備の素早い切り替えも重要なポイントである。また、シートラ時はスキーのテールがふくらはぎに当たるのを防ぐために、スキーのトップをバンドで巻くという工夫も取り入れた。しかし、当然シートラは荷物がスキーの分だけ重くなり、シール歩行よりも数段キツい。ここでは、鬼岳トラバースが歩くものだという先入観からシートラにしていたが、後から来たパーティはシール歩行で上まで登り、滑降で悠々と滑って抜き去っていった。どうやら今回の山行は多少危なそうな斜面でも、可能な限りはスキーで滑降するという判断が必要そうだ。
スキーで獅子岳手前コルまで滑り、シートラで獅子岳の登り。ここまで来るとすでに室堂の喧騒が嘘のようで、圧倒的な北アルプスの山脈が只々目の前に広がる。積雪期で集中して登った頚城山塊は、それぞれが個性的で親しみ易い山々だったが、残雪期の北アルプスは、どちらかというとそれぞれの個性は目立たず、 とにかく全てのスケールが巨大という印象である。獅子岳山頂では、我々を抜いていった上手そうなスキーヤーが休憩しており、程無く予想外なことに左手の黒部川へと向かう斜面へ滑り降りていってしまった。共にオートルートへ向かう仲間ができたと思った矢先、少々残念。

 ここからザラ峠へは、しばし稜線を滑った後、超快適なカール状斜面の滑降。やはリスキーの機動力はケタ違いである。五色ケ原までは、急斜面の登り返しだが、正午近くで雪が緩みまくっており、無理にショートカットしようとして足元が崩れ10m程滑落。体を止めようとして、ストックの長さ調整部分がすっぽ抜けてしまった。腐れ雪、侮るべからず。

 

常願寺川へ続く五色ヶ原遠望

 

獅子岳から右斜面をトラバース滑降果てしなく白い五色ヶ原
 五色ケ原は、稜線上にどこまでも広がる大雪原。前方に二人組がいたので、五色ケ原ヒュッテで話をすると、この小屋の管理人さんのようであった。今年はGWになっても雪が降り、除雪が追い付かずに大変らしい。我々が早稲田のワンゲルであることを告げると、「ひさしぶりだね~」と言っていたが、それが本当なら少なくとも7,8年前のはずである。

 予定ではここでC1だが、余裕があるので越中沢乗越を目指して進む。鳶山からの滑降は、落ちたら確実にヤバい稜線上の滑降。しかし、そこにも残雪期ならではの巧妙な罠・・・クレバス!なんと、滑降中に身の丈ほどある深さの穴に嵌まる。後で考えるとかなり笑えるが、正直足を捻らなくて良かった。その先の稜線上も岩が露出しており、トラバース滑降を余儀なくされる部分があるが、腐れ雪の上、落ちたら黒部川へ真っ逆さま。とてもではないが、初心者が来れる場所ではない。

 14:00越中沢乗越。この時期は18:00まで行動できるが、越中沢岳の下りが危険なので、早朝の雪が締まっている時を狙うために、この先の少し進んだところで幕営決定。新しいゴアライトとフライはすこぶる快適である。予報だと明日も天気が良いみたいで、一安心。越中沢下りと薬師稜線の危険箇所、薬師岳までの800mアップ、そしてエスケープ無しということで、二日目こそがオートルートの核深部なのである。夕御飯後は、出発前に穂高の差し入れてくれた、ソースカツと干し芋、そして洗い茶漬けを頂き、20時就寝。

木挽山方面(下部に無謀なトレース)クレバスにスキーで突っ込む

 


 

 5/5
5:00 C1 – 7:45スゴ乗越 – 9:25 間山 – 10:50 北薬師岳直下 – 12:07 薬師岳 – 13:02 薬師峠 – 13:40 太郎平小屋14:45 – 15:54 北ノ俣岳手前(標高2500m)C2
 3:00起床、5:00出発。満月と日の出の饗宴が、涙が出るほど神秘的。越中沢岳の山頂から続く稜線も、ある程度はスキー使用可。急斜面の手前でシートラにチェンジし、あくまで 安全に下っていく。そこまで危険というわけでは無いが、左右共に切り立った稜線で、落ちたら無傷という訳にはいかないだろう。しかし、我々は見てしまった。貪欲に急斜面をスキートラバースしているトレースを!なんて命知らずなんだろう・・・。そして、そのスキーヤーはだいたい見当が付く。 2431mポコへの急斜面を這いながら登り、スキー滑降でスゴ乗越へ。ここからは、いよいよ薬師岳への800mアップの試練。気合いを入れ直して、いざシール歩行。何度かアップダウンを繰り返し、雪に埋まったスゴ乗越小屋を通り過ぎ、間山へ。400mアップを一時間程度で進む、なかなかのハイペース。ここからは、標高も3000mに近づき、何かしら聖域を感じさせるような雰囲気が漂ってくる。信じられないくらい白い稜線に、容赦無く吹き付ける日本海からの突風。そんな厳しい自然の中で、逞しく生きる雷鳥達。彼らが神の使いと呼ばれてきたのも頷ける。

 

日の出前に出発越中沢下り(滑降トレース発見!?)

 

薬師を望みながら確実に進む理不尽な斜度のツボ足専用斜面

 

スゴから薬師へのロングアップライチョウ現る
 北薬師岳は雪庇の張り出したヤバそうなピーク。登っているトレースもあるみたいだが、右の方からトラバースで巻くことにする。この辺りは結構岩が露出しているが、トラバースで滑落したら大変なことになるのは変わりない。上手く稜線に合流してからも、スキーが使えないような斜面もあり、巨大カールの向こう側に見える薬師岳は、なかなか遠い。左手に薬師の圏谷を見ながら、一歩一歩進んで行く。

 正午過ぎ、薬師岳山頂到着。氷付いた薬師如来の祠の前で休む。これで、ようやくオートルートの核深部も越えて一安心すると共に、ハードな行動の緊張がほぐれて解脱しそうな気分。薬師如来に、今後の安全を祈願する。

 山頂からは、シールを付けたまま避難小屋へ。避難小屋といっても1m四方の直方体があるだけで、これが小屋?という感じである。ここでシールを外すが、衝撃の事実が発覚。装着していたスキーアイゼンが片方無い。しかも二人共・・・。スキーアイゼンなんて装着している限り無くすことはないはずであるが、危険箇所で何度もスキーを外していたので、その間に吹っ飛んだのだろうか。精神的に限界に近い状態で行動していたので、まったく気が付かなかった。全くもって情けない。

 避難小屋から薬師峠までは、標高差600mの大滑降。ここまでのルートの中で、一番の滑りが満喫できる。若干雪が腐っているので、足が捕られるが、すこぶる快適。あっという間に薬師峠へ滑り込む。ここは9ヶ月前に夏合宿C1だった場所だが、小屋は雪で埋まってしまっている。シールを張り直し、20分程歩けば太郎平小屋に到着。

 

雪庇の張り出した北薬師岳薬師岳山頂(標高2926m)

 

薬師如来を祀る祠薬師小屋付近
 太郎平小屋では無料で満ポリ分の水を頂き、食堂で休憩さしてもらう。一時間ほど休んだら再出発するということで、しばし休憩。入れ替わりたち変わり人がやって来て、それなりに活気がある。大体の登山者は北ノ俣方面を滑って来ているようだ。大型連休も終わりという雰囲気で、どこかしら寂しい雰囲気を感じなが ら、15時前に小屋を後にする。

 太郎山を越えて北ノ俣岳への登り。いつも余裕をかましている酒井もだいぶ参っているようで、辛そうに下を見ながら歩いている。途中ですれ違ったいかにも山ヤ風のおじさんが、昨日立山から来たといったら驚いていた。そろそろ体力的に限界のようなので、標高2500m付近で幕営決定。天気は明らかに下り坂。オートルート後半、危うしか・・・。

 18:50の天気予報を聞くと、明日は全国的に雨模様。これは本格的にエスケープ使用の判断を迫られる。神岡新道のエスケープを逃すと、新穂高まで下界に降りるルートはなく、残りの食糧も一日分。夏合宿で一度歩いてるとはいえ、これはちょっと恐い。明後日が晴れと確定しているなら良いが、携帯の電波が入るこ ともなく、おまけにスキーアイゼン紛失とシールのトップフィックス破損という、自らが招いたマイナス要素もある。天気が良ければ、明日だけの行動で新穂高まで 抜けれる目処があったが、限界へ挑戦する事と無謀な行動をする事は違う。ここはセオリー通り撤退の道を選ばざるを得ないだろう。

 


 

 5/6
5:35 C2 – 5:55 神岡新道分岐 – 8:25 飛越トンネル – 10:35 下之元
 3:00起床。天気は案の定悪く、近くで雷鳥が鳴いているのが聞こえるが、視界が悪くて姿は確認できない。未練がましくラジオを聞いていたが,、予報が変わるはずもなく、5:30出発。稜線上で視界10mというところだが、雷鳥の足跡だけはそこら中に見受けられる。

  北ノ俣山頂手前でシールを外し、いよいよ神岡新道へ滑降。ここの下りだけで六匹ぐらいの雷鳥に出会った。まさに雷鳥の楽園。この時期は太郎平へのアプ ローチとして、神岡新道はメジャーなルートであり、下りも無数のトレースに導かれながら滑るだけで良い。避難小屋を過ぎると細尾根に差しかかり、アップダウンを上手くやり過ごして進んで行く。寺地山をシールで登り返し、先人が作ったボブスレーコースを巧妙に辿れば、下界はあっと言う間。途中で5人パー ティーを追い抜き、最後の雪の無くなった登山道を歩けば飛越トンネルに到着。この辺の雪は完全に無くなっており、三台程の車が停車している。

  この付近は携帯電話が通じないので、下之元までスキーを担いで林道歩き決定。兼用靴で足が擦れて大変なことになっているが、痛さが一線を越えているのでもはや気にならない。途中でさっき追い抜いたパーティーの車に載せてもらえないかと淡い期待を抱いていたが、手を振ってそのまま通り過ぎていった・・・。

 

下之元まで、雨の中林道歩き宇宙素粒子観測の最先端を行く町
 二時間程度歩いて、下之元着。タクシーを呼ぶ前に、まずはバス停が無いか探していると、近所のおじさんが巡回バスの存在を教えてくれた。なんと、ここから神岡町まで100円で行けるそうである。ただ二時間も先なので、昼飯を作ってまったり休憩。それにしても、ここはかなりのド田舎・・・。町内放送で、熊出没注意と言われても困る。

 神岡と言えば、スーパーカミオカンデだが、市街地よりもっと北側の神岡鉱山の方にある。SN1987Aの超新星爆発からニュートリノを観測したのは、すでに20年前。ちょうど今の現役が生まれる頃の話だ。冨山方面へ向かう神岡鉄道も半年前に廃線になり、過疎まっしぐらという印象の町だが、タクシーの運ちゃんの人柄がとても素敵で、平湯までいろいろ自分達の事を気にかけてくれた。ただ、タクシーの料金の上がり具合だけは、優しくはなかったが・・・。

  平湯から新宿行のバスを予約し、後は展望風呂に入って帰るだけ。予報を見ると明日は天気が良いみたいで、この一週間で天気が悪いのは今日だけのようだ。いろいろ悔しい思いもあるが、リスクを覚悟しての計画設定なのだがらしょうがない。三日間駆け足で通り抜けたオートルートは雄大で、険峻で、そして本当に美しかった。ここ数日の全身の血が沸騰するような瞬間の連続は、なかなか忘れられそうにない。やはり山スキーは最高に面白い。そして、いつか必ず今回の計画を越えるルートでリベンジしたい。悔しさを新たなモチベーションに転化しながら、新宿行きのバスの中、全身に広がるどうしようもない疲労感に身をまかせて眠りに付いた。

 

 

Waseda Wander Vogel

Waseda Wander Vogel

早稲田大学ワンダーフォーゲル部の公式HPです。

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