64代夏合宿 天空のクロヤリ隊 2013/8/11-29

Posted on 8月 30, 2013 in 合宿記録, 沢登り, 登山・縦走

8月10日

17時に高田馬場に集合した後、新宿のバスターミナルに向かう。OBの方々に見送っていただいてバスに乗り込む。10時には信濃大町駅に着き、駅前に適当な公園を見つけ、そこで寝ることにする。恵一朗さんとも会い、持ってきたお酒とお菓子で軽く楽しむ。この日は青木の誕生日でもあるので、藤田がスイーツを買ってきた。朝が早いので、1時間もしないうちにお開きとなる。

寝ていると、近くで飲んでいた帰宅途中のサラリーマンが驚いていたが、もう一人が荷物を見て「彼らは山に登るから」と説明していたのが聞こえた。

 

8月11日

タクシーを呼んでいるので、4時40分に起きる。朝になると中嶋が財布と携帯とオニギリがないと騒ぎ出す。探してもないというので、近くの交番に行かせ、もう一度ザックの中を探させる。カードなどもあるというので、携帯会社とカード会社に連絡しなければならないこともあり、この日に入山するのは無理かもと思った。しばらくして、サイドポケットにしまった財布と携帯が見つかる。ここで2年の藤田が叱る。しかし結局オニギリは見つからなかったので、外に置いていたら猫にでも持って行かれたのだろうということになった。周りにコンビニもなく、仕方がないので、恵一朗さんにパンを頂いた。

朝から一悶着あり、いろいろ動いて頂いた恵一朗さんにお礼とお詫びをし、タクシーに乗り込む。扇沢には5時40分に着く。ここでトロリーバスのオープンを待たなくてはならない。切符売り場が混むことが分かっているので、早めに青木に並んでもらう。ベンチに座ったりしながら時間をつぶして待つ。日の出を迎え、バス乗り場が開いたので荷物を持って並びなおす。このあたりは冬の立山でもおなじみの順序だった。7時30分にバスが出て、ケーブルカーを乗り継いで黒部ダムに着く。

ダムの見晴らし台に登り、記念撮影して8時20分に行動を開始する。天気はとても良く、非常に暑い日だった。ダムの周りを歩く道は途中から登山道のようになる。小屋を越え、丸太で出来た橋で沢を渡り、黒部湖の奥まで進んでいく。木陰の中を歩いていると、光の当たった葉の色が良く映える。後半はペースを上げて歩き、12時の渡し船にギリギリで間に合い、黒部湖を渡ることが出来た。この点はもう少しペース配分を考えるように指示すべきだった。

この船にも何人かの登山客が乗っていた。ザックをひっかけ、しばし波に揺られる。対岸からは梯子や階段の多い道となる。木の階段が続くが、所々で地面からは高く離れる。黒部湖が浅くなり、川のようになると、水はエメラルドグリーンになる。暑い中歩いていると飛び込みたくなる。休んでいる間も熱中症にならないように、木陰を選ぶ。

14時30分ころ幕場に到着する。16時に食当開始にし、それまで沢の傍で皆のんびりと過ごす。食当をしている間に、私と青木で登山道から沢に下りられるポイントを探しに先のルートの偵察に行く。ここからの沢は水量が多いので、下りた後も歩ける場所を探した。幸いそれほど遠くないところから沢に下りられたので、場所を覚えてテントに帰る。

全ミをして就寝の準備をする。星がきれいなので、私を含めた何人かは外で寝る。中嶋は洗った服を乾かすために、振りまわしていた。青木の持ってきた蝋燭を灯し、他愛もない話を寝る時間までした。

 

8月12日

4時に起床係が起きずに、青木のコールがかかる。空は晴れているが、気温がかなり低い。

出発直前に、沢装をしていた中嶋のナイフの金具が外れてしまう。無理に引っ張り金具に負荷がかかってしまったようだった。温度計から似た部品を拝借し、処置をする。5時40分にC1を出発する。

前日に偵察して検討を付けていた場所まで行き、沢床に下りる。踏み跡も残り、思ったように順調に入渓できた。今まで歩いてきた沢より水量が多く、基本的に岸しか歩けない。進む先で歩ける場所がなくなるようなら、渡れるところで早めに渡渉しなければならないので、ルートファインディング力が試される。雪解け水で、水が冷たいので不用意に深いところに入りたくもない。滝を登るのとは違った難しさだった。

滝と言うほどでもないが、1m程の段になった所の突破ができなかった。最初はへつりで試してみるも、上手く足場や手がかりがなく、登る事が出来ない。腰近くまで濡れて取り付いていたが、濡れて戻って、一応目を付けておいた踏み跡から巻く。巻きの上の方では土が崩れて足場が悪いので、細引きを出す。上は平たくなっていて、草を踏みつつ、滝の先まで行く。その先はすんなり沢に戻ることが出来た。

先の一か所大きく巻いたところから先は、時間のかかるとこはなかった。渡渉は相変わらず必要なので、流れが速いところでは2,3人でスクラムを組んで安定させて渡る。7時30分頃になると、川幅が広くなり、陽も刺してきて楽しく歩くことが出来た。しかし平たい所で佐々木が一度転んでしまい、眩暈と平衡感覚の軽い不調を訴えた。また藤田も渡渉場所の深さを見誤り、沢の中で足を滑らせ、転がってしまった。

太陽が高くなり沢いっぱいが明るくなると、今までのどの沢よりもきれいな眺望があった。先に見える源頭と、後ろには立山が見え、足下は白い石が輝いていた。天気はこれ以上望めない程の快晴で、最高の状態で東沢谷を歩くことが出来た。魚の影が見えると佐々木は足だけ出し、上半身を岩の下に突っ込んで魚を取ろうとしていた。行動中にとった魚は、魚篭の中に入れて持ち歩く用意の良さだった。

沢の分岐を過ぎて、沢は細くなる。思ったよりペースが上がらなかったが、慌てる程遅れてはいなかった。ここで藤田も浅瀬で魚を捕まえる。彼らに釣り竿はもはや無用だった。幕営予定地になったので、平たい場所を探すが、なかなか見つからない。探しながら歩いていると、1時間を超えていたらしく、新人たちは疲れてしまったようだった。小林は序盤安定しているようだが、疲れてくると転びがちになり、何度かヒヤッとした。結局幕営適地として見つけたのは、水が流れた後のような場所だったが、ここ最近の天気と、今後の予想から、危険な雨は降らないと判断し、14時40分に幕営した。すぐに新人は食当の用意をし、上級生は薪を集める。佐々木は釣りに行ったが釣果はなかった。火をつけるのに苦労したが、ご飯ができるころには温まれるくらいの火になった。この夜は藤田がゼリーを作ろうとするも、上手く冷えずに固まらなかった。

 

8月13日

3時起床。外で寝ていた中嶋はなかなか起きず、食当の用意が少し遅れる。灰の中に残った赤い炭を復活させ、焚火を付ける。前日に用意したすいとんをこねるの水の量を間違えたらしく、朝のすいとんは原型を留めていなかった。ドロッとした重湯のようになってしまった。

薄暗い中、4時50分出発。木が多くなったところを進んでいると、他パーティーが幕営していた。奥に行くとまた沢が開け、雪が出てくる。このあたりで単独行のおじさんに抜かれた。源頭部に向け、まずは雪の無い草の上を歩ける脇の沢を選んだ。ある程度行くと、本筋から離れてしまうので、一度雪の上に乗り本谷に戻る。ここから上は極力雪の上に乗らないよう、雪渓の際を歩いた。途中大きな岩の辺りで休み、1時間も歩かないうちに、雪渓は終わる。上部は気持ちの良い草原になっていて、登った記念に写真を撮る。何故かバラけて、「CDのジャケット風」に写真を撮ったりした。稜線に出る直前にハイマツ帯に入り、30分ほど藪と格闘することになる。どうやらここは最後の分岐を間違えたらしい。右にいけばもう少し楽に登れたようだ。9時20分に東沢乗越に出た。

水晶小屋までは一本で行く。小屋でパノラマ写真を撮ったりした。ここの小屋では外で散髪をしている人がいた。岩苔乗越までの下りで、足に不安のある小林にストックを出す。上の廊下を遡行した愛知の山岳会の人とすれ違った。次の入渓まで長くはかからないと思い、沢装のままで歩いたが、沢足袋での足の裏への負担が大きくなってしまったようだった。12時30分に黒部源頭に入渓する。

歩き始めると何か所か大きな雪渓が出てくる。すでに崩れていれば沢の中を歩けるが、アーチとして残っているので下を行くことはできない。脇と雪の隙間が通れるようになっているので、そこを歩く。バランスをとるために左手は雪渓についていないといけないので、指がだんだん冷たくなる。よけて歩くのが2か所あり、時間をとってしまった。その先には崩落した雪渓があった。念のため間隔をあけて通過する。

下に進んでも、大小さまざまの大きさの岩が転がるゴーロ帯で、ペースが思ったように上がらない。釣り師の人とすれ違い、歩きながら話を聞く。沢のすぐそばにテントを張っていて、そこを拠点に一日中釣りをしていたようだ。良く笑ういい人たちだった。しかし、目的地としていた赤木沢出合までは、まだ時間がかかりそうだった。16時30になった所で、河原のように広くなったところがあり、そこで幕営をする。長い時間歩いたので、皆疲れてしまった。

ここでの幕営時に、私の右目に折っていた薪が跳ね返ってぶつかってしまう。内出血したようで、視界がぼやける。冷やして、一晩おき様子を見ることにした。

 

 

8月14日

3時起床、4時55分出発。朝になっても見え方に違和感があったので、エスケープから下山することに決定する。行程の半分で終えてしまうのは非常に悔しかった。

幕場から河原を40分歩いて赤木沢の出会いに着いた。対岸に幕営しているパーティーがいた。

赤木沢に入る直前は深くなっていて、朝から胸近くまで濡れてしまう。へつって入り口近くにある小滝を越える。雑誌などの写真で見て来た滝がすぐに出てくる。正直こんなにすぐ出るとは思わなかった。右から難なく越える。岩の転がる昨日までの沢と違い、ナメ滝が続く。滝も階段状のものが多く登りやすい。陽が高くなると赤茶けた沢床に光が反射してとても綺麗な沢だ。絵になりそうな滝の前で何度か写真を撮り、楽しく遡行する。

幅の広い滝が登れなかったので、右の草付きを登ってから巻く。踏み跡があり、トラバースに少し注意するくらいだった。ここまでに中嶋の遡行図が不完全だったことが発覚し、注意する。

軽快に進んでいくと、35mの大滝が出てくる。始め左の斜面に藤田を登らせてみたが、傾斜が急で浮石が多く、登るのには適さなかった。滝の半分くらいの高さまで行ったところで、気を付けさせながら下りてきてもらう。右には尾根があり、次にここから登る。こちらは斜面ではなく、段になっていて、ある程度登ると木が出てくる。この木を頼りにセルフビレイを取って登る。上部は人が良く通るのか、根の周りの土がなくなりかけて少し登り難い。滝の上まで登ると、落ち口近くをトラバースし、沢床に戻る。

休憩中には合宿後の9月の予定を話したりした。大滝から上には難所はなく、ひたすらナメと段滝を登る。分岐を通過したあたりで、後ろにパーティーが見えた。赤木沢の最後はガレもなく、緩やかに登って行くと水がなくなってしまう。稜線に出る前に残雪に阻まれてしまったので、脇に逸れ、9時30分に遡行を終了する。長さの割に、あっと言う間に終わってしまった。ここで皆さまざまにポーズをとり写真を撮る。どうやら、飛んでいる瞬間を取るのが流行っているようだ。

ここから長丁場となり、神岡新道にむけて下山する。北ノ俣分岐を11時50に通過し、緩やかにくだる尾根を歩く。長く少々単調な登山道だったが、単独行の人に抜かれてしまう。タクシーと監督に連絡するために途中分隊し、電話をかける。ここではドコモの方が強いようだ。

神岡に下りたのは17時になった。読んでいたタクシーを待ち、高山に行く。私は救急病院で治療を受け、その間皆には温泉で待ってもらった。

 

8月17日

4時20分に起床予定のはずが、4時にコールかかった。どうやら中嶋が焦ったらしい。朝食を食べ、5時にタクシーに乗る。ここから1時間後、タクシーが事故を起こし、側道に乗りあげる。部員は皆寝ていて、何が起こったのかわけが分からなかった。傾いた車内から脱出するために、はじめて窓から外に出た。外から見ると右の斜面に乗り上げて、左側のタイヤが全て側溝にはまっていた。山中で携帯も通じず、登山口まで1時間は車でかかる距離なので、どうしようもないかと思った。偶然通りかかった近くの牧場の社長さんの車を停めて、事情を説明すると、ご厚意で牧場の大きな車を出して頂けることになった。傾いた車から荷物を全て出し、待機する。車内で運転手の片に手拭いを用意し、飛越トンネルに着いた時に、感謝と共にお渡した。

またしても、初日の入山が危ぶまれたが、9時に出発することが出来た。3日前に下山した道を今度は登りかえす。この日も暑かった。車でアプローチ中に見かけた自転車のライダーが、避難小屋に来たので驚いた。自転車を担いできて、大町まで行くという。

尾根上にある避難小屋に幕営するので、11時45分には行動が終わってしまった。しばし休憩し、午後にレスキュー訓練を行う。4年が熱中症や滑落した傷病人役をし、新人に指示出しをさせる訓練も兼ねる。体を冷やしたり、背負ったりする手順を確認する。

15時には点火し、就寝する。

 

 

3時起床、4時半出発。整備された木道を登り、暗い中を1本で稜線に出る。行動開始直後、中島のエレキの光量が弱いことを佐々木が指摘する。古い電池を替えていなかったようだ。朝は霧がかかっていて、風が強く寒かった。北ノ俣岳の先で雷鳥が鳴いていた。その先あたりで昨日の自転車の人に抜かれる。行動中は担ぐのではなく、横に引いて歩いていたようだ。赤木沢の上あたり、中俣乗越の辺りで晴れ始める。8時に黒部五郎に着く。自転車の人が休んでいたので写真を撮ってもらう。自分たちはここから下の道を通って、黒部の小屋に向かう。カールを通る道は草原の中に岩が転がっていて、不思議な雰囲気だった。10時に黒部五郎小屋に着く。赤い屋根の、情緒のある小屋だった。ここで砂に半分埋まった眼鏡用のサングラスを拾った。付けてみたが、眼鏡が重くなり、汗で滑るのでやめた。小屋の前の急斜面を登り、歩き続ける。三俣蓮華には11時半に着いた。四方を見渡せる、展望のいい山だった。稜線を歩き続け、双六岳に着くと、佐々木がスイカを出した。ここにはたくさん人がいて、中島が割る時にはギャラリーがいた。小林は錬成合宿で割っているので、今度は中嶋が一気に割った。割れるか少々不安だったようだ。ここで捕まえた蝉で少し遊んでいた。

14時過ぎには双六小屋に到着し、幕営する。持ってきた酒を冷やす方法を考え、ビニールで水に浸すことにする。ここの小屋は沢から風が吹きつけるので、陽が落ちてくると寒くなってきた。夜は夏シュラフで、ギリギリ外で寝られるくらいだった。

 

8月19日

3時起床、4時50分出発。朝はとても寒かった。食当の間テントの中で待つ。空は星が見える程晴れている。弓折岳に向かう途中、槍が良く見えた。弓折岳には分岐から微妙に距離があり、渋々な下級生を連れて行く。このあたりでようやく気温が上がってきた。下山中にはたくさんの人とすれ違った。年齢層も幅があり、面白かった。順調に下り、あっと言う間に林道に出る。わさび平で一本取ると、中島が藤田にリンゴを買っていた。林道はさっさと終わらせて、10時半には新穂高温泉に着いた。前回来たときから工事があったらしく、少し様相が変わっていた。バスターミナルに荷物を置き、近くのひかげの湯で午後の時間を過ごした。「岳」の映画を見るのと、漫画を読む組に分かれた。

夜は林道近くの草の中にテントを張り、翌日に上高地にロープウェイで行くことにした。

 

8月23日

2時起床、3時出発。真っ暗な中、上高地のホテルの前を歩く。夏合宿の前半は連日天気が良かったが、後半は崩れるらしい。大キレットには、岩が濡れていない時に通過したかったので、日程と行程を予定とずらして入山することにする。この日は岳沢小屋を通過し、穂高岳山荘まで登る。

行動開始から3時間で岳沢小屋に着く、ここに着くまでに雨が降り出してきたので、カバーを付ける。小屋で出来るだけ水を汲んで、少しザックが重くなる。ここからは鎖と梯子の続く、急登となる。吊尾根に登るころには、真っ白になってしまった。2度目だが、前穂高に登る時は天気が悪い。山頂には外国人の登山者がいた。空身のピストンをし、寒いので早々に奥穂高に向かう。歩いている途中で雷鳴が聞こえてきて、怖い時間が続く。10時40分に奥穂高につき、風が吹く中で写真を撮る。11時半には山荘に着いた。霧の中で視界が悪く、突然目の前に出て来た感じだった。

テントに入るが、雨が強くなり、雷も聞こえ続けた。雨の音を聞きながら就寝する。

 

8月24日

天気が悪く、停滞と決めたので6時起床。夜の間ずっと雨が降り、テントの下に水が溜まったらしく、傾きの下方にいたので寝袋ごとびしょ濡れになり、今までで最悪の朝を迎えた。もう寝られず、時間より早く起きていてさっさと寝袋から出たかった。

食当後、小屋のストーブで温まるが掃除の時間にテントに戻った。昼前に晴れ間が見えたので、濡れているすべての装備を干した。1時間程太陽が見えたが、曇ってしまう。この後日中は雨が降らなかった。霧の合間から、奥穂高が見えたり隠れたりするのを眺めていた。

15時までトランプや話をしながら時間をつぶす。午後になるとたくさん人が来た。雨が降らないので、食当は外で食べられた。中嶋の持ってきたスパイスがカレーによく合い、好評を得る。

翌日の天気に期待し、就寝する。

 

8月25日

行動できるかと思ったので、4時起床にしたが、3時ごろから雨の音が聞こえた。起きてからも、午前中は霧が下りてきて真っ白で、雨が降ったりやんだりしていた。この日も停滞になってしまう。12時にお茶を飲んで温まり、翌日に備え体を動かすために、13時に涸沢岳に登る。展望は良くないが、翌日のルートを確認し、テントに戻る。

停滞二日目になるとすることもなくなるので、皆少々テンションがおかしくなる。新人の動画を撮ったり、円を組んで肩をもみ合いながら時間をつぶした。

午後になると、一時的に晴れたので、また装備を干す。夕食時には霧も晴れて来たのでまた外で食べられた。明日こそはと希望を持ち、21時に寝る。

 

8月26日

4時起床。この日は良く晴れてくれた。朝日を拝みつつ、5時20分に3泊した穂高岳山荘を出発する。

前日登ったので、涸沢岳は通過する。ここの鎖を下ると、緊張の続く岩稜帯となる。陽の当たる東側を歩いていると、直射日光で暑い日だった。対して影の西側はまだ肌寒い。個人的には、涸沢岳から北穂高岳までの方が大キレットより怖い気がする。それとも、ここで岩に慣れてから、大キレットに入ることが出来るのだろうか。8時半に北穂高岳に着く。

北穂直下の下りは、浮石が多く、石を落とさないように注意する必要がある。この下りに入る前に、ぶなの会の会員の廣光コーチさんの知り合いに声を掛けられた。

A沢までが鎖が多く、6人いると通過に時間がかかってしまう。反対側からくる人と結構すれ違ったが、お互いに譲り合って進む。トップの藤田はもう少し相手パーティーと話すのがスムーズになると良いと思った。

11時直前に長谷川ピークを越えると、道は一気に楽になる。ここからはリミットのある南岳への時間との勝負だった。3,000峰を制覇するには、槍ヶ岳は欠かせない。南岳の手前の急登も登り切り、12時半に登る事が出来た。後は大喰岳まで行き、槍ヶ岳山荘に泊まるだけとなる。大喰手前で、雪解けの水が流れているところがあり、汲めるだけ水を汲む。北アルプスの稜線上では、水を買わなくてはならないので、少しでも節約したい。大喰の山頂に14時半に到着し、式典を行う。向かいに山荘が見えているので、新人は控え気味だった。

山荘にはすでにたくさんの人がテントを張っていて、学生パーティーもいた。式典の歌も聞こえていたらしく、いい声だと褒められた。

この日のうちに槍ヶ岳のピストンをしたが、高齢者向けのガイドツアーがあり、混雑していた。梯子にビレイを付けながら登っているので、ザイルが張られていた。多少時間をとったが、無事に山頂に着くことが出来た。

テントに戻り、最終夜をしてこの日は休んだ。

 

8月27日

4時起床。北アルプスの朝は夏でも非常に寒い。雨も降っていたが、出発準備中に止み、ガスもだんだん薄くなっていった。自分達より先に、女子パーティーが出発した。飛騨乗越から下っている途中で追いつき、抜かす。向かい側には、先週歩いた弓折の稜線が見える。ガレ場が続き、高度が下がってくると周囲に木が多くなってくる。槍沢歩くくらいから、登ってくる人が多くなってきた。槍平で休んでいると、先の女子隊に追いつかれてしまった。どうやらそんなに離れてなかったらしい。

平坦な道を歩いていると、藤田の掛け声で、新人と「贈る言葉」を歌ってくれた。いつの間に仕込んでいたのだろうか。その気持ちは嬉しかった。

途中の小屋から近道をして、林道に出る。後は一気に新穂高温泉に行くだけだった。昼前には行動を終わらせることが出来た。すぐに来たバスに乗って平湯温泉に行った。そこで風呂に入り、松本の焼き肉屋で打ち上げをした。ここで他隊と連絡を取り、天気の様子を見て、翌々日に御嶽山に登る事にする。この日は駅から少し離れた神社で線香花火をして寝る。

 

8月28日

起床前に、小林の寝言らしき声を聞いてしまった。何の声かすぐには分からず、しばらく息をひそめて周囲の様子を伺ってしまった。

始発で松本駅に戻り、洗濯をする。ボーリングをして御嶽山に持って行く差し入れと、持つ人を決めた。去年は一升瓶だったが、今年はリンゴを人数分となった。青木と小林がリンゴを買い、藤田が持って行くことになる。

昼にそばを食べた後、18時まで自由時間とする。集合後、木曽福島に行く。タクシーで中の湯に行き、食当をして寝る。

 

8月29日

5時起床、6時出発。朝起きてすぐ、駐車場を兎が走って行った。明け方寒かったが、陽が高く明るかったのですぐに暖かくなった。今回は各自皆の分のレーションを持ってくることになっていて、最初は小林のバームクーヘンだった。途中幾つか崩れかけた小屋がある。上の方に行くと、ガスがかかって、風が出て来た。2本目に私が牛乳とシリアルを出す。ついでに中嶋が良さげな玄米を使ったバームクーヘンを出した。二つ目の小屋を通過した所で、ボート隊と合流した。ガスって来たが、電話で連絡を取り少し待機して時間を合わせる。

山頂手前の階段で自転車隊と合流することが出来た。最後の3,000m方だったが、上についても展望がなく、風が吹く様になってしまった。式典をして、写真を撮りつつ、藤田の持ってきたリンゴを食べて、キャンプ場まで下山する。

下山ルートからはアクセスが良いのか、たくさん人が登ってきた。下りの休憩時間が違ってしまったので、また3隊に分かれる。青木はパンとハムとチーズでサンドイッチを作った。藤田はどら焼きとゼリーを出し、佐々木は団子を持ってきていた。あと一本で下れそうなので、ここで全部出してしまう。なんだかんだで、下山口には同時に着き、何人かは走り、あとはバスに乗ってキャンプ場に行った。
 

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